こんばんは
TOMYです。
今日は晩にふきのとうの天ぷらをつくり
「うん、この苦みがうまい」
なんて思った反面、
子供の頃はそこらへんに沢山生えてた事を思い出すと
“あれ”をうまいと思うんだなーなんて不思議な気持ちになったりもしました。
これをきっかけに一気に壮大な話をすると
最近、つくづく、
歳を重ねるほどに
自分も他人も
人間って矛盾した生き物だよなー
なんて思います。
動物みんなが持つ本能と
人間が持つ理性。
どちらも持ち合わせた人間が
どちらかの正解は
どちらかの不正解。
みたいな真逆な本能と理性に
悩みながら
諦めながら
揺れながら
生きてく運命なんだろうなと思うものです。
子供の頃に思った
大人になったら
なんとく、ちゃんとするものだ
のイメージ。
そのイメージの中にいる今。
その年齢に突入した今。
年々、理性に支配されながら
本能を発揮する場所が無い大人を見ることもふえた。
食欲、性欲、睡眠欲、物欲、承認欲、
理性の世界ではコントロールできる事が正解のように扱われるけど
実際は、達観では無く
“老い”や“諦め”
で自然とそれらを手放していく生命の摂理を知る。
すると
本能が強い時に
本能をいかに発揮し、楽しめるかも
人生において重要なことだなとも
確かに感じる。
本能で攻める自分
理性で守る自分
どちらも大事で難しい
矛盾した生き物なのは間違いない。
矛盾した生き物という
飽和したアンサーにたどり着いた今
それでも生きた自分の時間分だけの
確かな指針を言えるとすると
結局は“愛”があるか
これが頼りになる。
本能でも理性でも
その根本に愛があれば、救いようはある気がする。
本能も理性も万能ではない。
薬にも毒にもなる。
どっちも。
だから愛で処方するしかない。
健康でいたいけどラーメンも食べたいのは人間だけに与えられた世界。
今日はそんな
矛盾した生き物と
その指針の話しでした。
ではまた。